山田洋次の軌跡 by KIYO

<山田洋次の軌跡 第三部>連載第23回

第23話 「学校」
<概要>
山田洋次の念願の企画、もしくは幻の企画としてずっと話にはなっていたものの、なかなか実現しないままになっていた作品としてタイトルだけは知られていた。
それが、90年代に入り、ついに実現し後にシリーズ化までなされた。
しかし、長年の思いを凝縮させたこの第一作目こそ、山田洋次の集大成であり、代表作として語られる作品であろう。

<ストーリー>
東京の下町にある夜間中学。そこでは中年の教師黒井先生(西田敏行)が生徒た ちと勉強に励んでいた。熱心な教師として知られる黒井先生は、移動の話も断り 続け、夜間中学の教師として全うしようとしている。生徒たちもそんな黒井先生 を「クロさん」と親しみを込めて呼んでいる。
卒業式を間近に控えた冬の日、クロさんの教室では生徒たちが、卒業文集に載せ る作文を書いていた。それは、それぞれに問題を抱えた生徒たちと先生との思い 出だった。
在日朝鮮人として働き続け、50を過ぎてようやく学校の門をたたいたオモニ (新屋英子)。学校をドロップアウトし、シンナーにもおぼれたが、いずれは美 容師になりたいとの夢を持つみどり(裕木奈江)。鼻っ柱は強くて教室ではふざ けてばかりだが、きついビルの清掃を真面目にこなす和夫(萩原聖人)。中国人 と日本人のハーフに生まれ、その狭間で辛い思いをしてきたために他人と心を通 わせられないチャン(翁華栄)。見た目はのろいが心優しい修(神戸浩)。体面 を気にする両親の愛のない生活から不登校になった江利子(中江有里)。
彼らは、クロさんと、そして時にはお互いぶつかり合いながらも、この学校を愛 していた。
しかし、ここに大事な仲間が一人欠けていた。競馬狂いの初老の男、猪田幸男、 通称イノさん(田中邦衛)だった。イノさんは今、体調を崩し、田舎の山形で入 院していた。だが、卒業式には必ず出席すると仲間に約束して。
そこへ、イノさんの訃報が学校に届く。悲しむ級友たち。
クロさんは授業を変更し、みんなとイノさんの思いで話をし出した。

イノさんは初老を迎えるまで読み書きが出来なかった。偶然知り合った医大生 (大江千里)に自分のような人間に字を教えてくれるところはないかと訊き、夜 間中学まで訪ねてきたのだった。
それから、イノさんの必死の勉強が始まった。ある時は恥ずかしがってカタカナ を書かないイノさんに「オグリキャップ」と書かせてみると、興に乗って有馬記 念のオグリの勇姿を語りだしたりもしたが。
そんななか、イノさんは密かに女教師の田島先生(竹下景子)に思いをはせてい た。もっとも学校中のみんなが知っていることではあった。
そして、字を覚えたある時、イノさんは自分の思いを葉書に書いて、田島先生に 送った。受け取ってどうしたらいいか迷った田島先生は、クロさんに相談した。 クロさんはイノさんに田島先生のことをあきらめるように諭す。しかし、酔った イノさんはいたく傷ついてしまった。
学校を休んだイノさんを訪ねて、クロさんが家に行ってみると、イノさんの様子 がおかしい。病院に連れていって検査をしたところ、重病で、即日入院になった。 しかしその入院生活は、これまで働きづめでやってきたイノさんにとってようや くの安らぎだったのだ。

そんなイノさんの思い出を語り合いながら、級友たちに一つの疑問がわいてきた。
イノさんは幸せだったんだろうか?そもそも幸せとは、幸福とは何であろうか? 幸福と思っていればそれでいいのか?お金があれば幸せなのか?いや、幸せとは なんであるかが分かるために勉強とは、学校とはあるものではないのではなかろ うか。
そんなことを語りながら、イノさんの冥福を祈る級友たち。
明日、イノさんの葬式に出るために家路を急ぐクロさんに、江利子は語った。大 学へ行き、いずれ教師になってこの夜間中学へ戻ってくるのだと。
クロさんは、それまでこの夜間中学でがんばろうと決意するのだった。


<解説のような感想>
紛れもなく山田洋次の代表作である。
夜間中学を舞台にした物語といえば「男はつらいよ 寅次郎かもめ歌」(第26 作)があるが、それが1980年の作品であるから、「学校」の構想はそれより もさらにさかのぼることと思われる。
それだけ時間がかかったのはなぜだろうか。自身のインタビューなどで「感動エ ピソード集になりそうだったから」旨の発言を山田洋次は繰り返している。
つまり単なるお涙頂戴の“学校もの”ならば、これまでにもたくさんある。それ では満足できなかったということなのだろう。
できあがった作品を観ると、全体を二部構成に分けている。映画内の実時間はた った二時間の授業でしかなく、前半で国語の授業をやり、生徒の作文からこれま での各エピソードを丹念に描くことにより、観客が教室の一員として生徒たちや 先生に好感を持つようにし、後半はイノさんの死によってイノさんのエピソード がつづられていく。どこかで観た構成だと思っていたが、黒澤明の「生きる」で ある。前半は主人公の市役所員が癌となり失意の中から公園を建設することに生 き甲斐を見いだすまで、後半は主人公の通夜の席で、主人公がいかに戦ったかを 周りの人間たちが思い出すようにして描いている名作である。このような構成に した理由を黒澤明は「ストレートに公園を作るような話にしたら、感動エピソー ドになるだけで面白みがない」という旨の答えをしている。まさに先に掲げた山 田洋次の言葉と呼応する。
山田洋次がどれだけ「生きる」を意識したかは知らないが、映画シナリオにとっ て構成をどれだけ大事かを師匠である橋本忍から学んだと言っている。もちろん 橋本忍は「生きる」の共同執筆者である。

さて、優れたシナリオを得たこの作品ではあるが、ここに新しい山田作品の主役 が登場する。私がこの連載を第一部・第二部・第三部と分けたのもそこにある。 第一部でのハナ肇、第二部での渥美清と続き、第三の男西田敏行である。
西田敏行の役者としての特徴はコメディ・シリアス両面にわたって卓越した演技 を見せている点である。ハナ肇があくまでコメディ面で、強さを見せ、渥美清は 寅さんに専念したため多作品では特別出演にとどまっていたが、西田敏行は「学 校」シリーズ、後の「虹をつかむ男」シリーズと両面にわたって主役を務めてい る。また「釣りバカ日誌」でも主役を務め、90年代の松竹映画の顔として活躍 する。
西田敏行の強みはあらゆる点で明るさに満ちていることである。ハナ肇が戦後の 焼け跡のイメージを背負っていたり、渥美清が人なつっこさの陰に孤独な死の影 を背負っていたのとは決定的に違う。誰にも愛され、優しさと愛嬌を振りまく存 在。それが西田敏行という役者に抱く万人の思いであり、また本人もそれを自覚 しているのであろう。
渥美清=田所康雄ではなかった。が、西田敏行=西田敏行であることを誰もが知 っていた。いや、みんなが求めていたのだ。

さて、長年の企画であった「学校」を撮り上げた後、山田洋次の中にはまだまだ 言い切れないものが残っていたに違いない。そこで続く「学校II」を撮ることに なり、後に「学校III」と続くことになる。
とりあえず次の「学校II」と併せて、この連作のテーマが何であったかを考えて みたい。


次回、「学校II」に続く

99/10/17(日) 05:32 KIYO(YRG02560)


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